使徒的書簡「パトリス・コルデ」[試訳](13)
6.労働者である父
聖ヨセフを特徴づける一つの側面、また、最初の社会的回勅であるレオ23世の『Rerum novarum』の時から強調されてきた側面は、労働との関係です。聖ヨセフは、彼の家族の糧を確保するために正直に働いた大工でした。イエスは彼から、自分の労働の実りである糧を食べることの価値、尊厳、喜びを学びました。
何十年もの間一定の繁栄があった国々においてさえ、仕事が再び緊急の社会問題となり、失業率が時に衝撃的なレベルに達することもある今の時代に、新たな意識をもって、尊厳を与え、聖ヨセフが模範的な守護者である労働の意味を理解する必要があります。
労働は、救いのわざそのものへの参与、神の国の到来を早め、自分自身の可能性と資質を発展させ、それを社会と共同体への奉仕に活用する機会となります。労働は、自分自身のためだけでなく、特に、社会の核である家庭のための、実現の機会となります。仕事のない家庭は、困難、緊張、不和、さらには[家庭]解消の絶望的誘惑、絶望をもたらす誘惑に、より多くさらされます。わたしたちは、すべての人、そして一人ひとりが、尊厳ある生活が出来るように努力することなく、人間の尊厳について語ることが出来るでしょうか?
働いている人は、どんな仕事であっても、神ご自身と協力し、わたしたちを取り囲む世界の「創造者」のような存在になっていきます。経済的、社会的、文化的、精神的な危機である、わたしたちの時代の危機は、誰も排斥されない新しい「普通性」を生み出すために、労働の価値、重要性、必要性を再発見するよう、すべての人々に訴えかけるものに成り得ます。聖ヨセフの労働は、わたしたちに、人となった神ご自身が働くことを軽んじていなかったことを思い起こさせます。たくさんの兄弟姉妹に影響を与え、コロナ・パンデミックのために近年増加している仕事の損失は、わたしたちの優先順位を見直すように、という呼びかけであるべきです。労働者である聖ヨセフに願いましょう、仕事のない若者、人、家族がないように、わたしたちが努力して方法を見つけることが出来るように。
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