Tomas Spidlik枢機卿「日々のみ言葉」より[試訳]四旬節第三木曜日:イエスとベルゼブル

Tomas Spidlik枢機卿の、今朝の福音についての黙想の一部です。[試訳]


四旬節第三木曜日:イエスとベルゼブル(ルカ11・14-23)


[…]

「強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その財産は安全である」

(ルカ11・21)


サムエル記下は、ダビデが王国を築くことについて描写している。

ダビデはイスラエルの最後の部族の末の息子であったにも関わらず、王家の創設者となった。

サムエル記は詳細に記している。

ダビデがどのようにエルサレムを要塞化し、その他の民族を支配下に置いたか、

そして、通常、どのように祈っていたか:

「万軍の主は、イスラエルの神です!

あなたの僕ダビデの家が御前に堅く据えられますように!」(サム下7・26)。


霊的文学において、エルサレムは人間の心の象徴(シンボル)である。

心を防御するのは主である。しかし私たちもまた、それを守るよう努力しなければならない。

心の防御は諸徳である。しかし、他の徳を同盟者として獲得するほど強い徳は何か。


殆どすべての霊的著作家たちは、愛(カリタス)について同意している。

聖エフライムは、愛(カリタス)を心の中に燃える炎に例えている:

どんな誘惑も近づくことが出来ない。


彼はひじょうに現実的な例をもってくる。東方では外で料理をしていて、ハエが食べ物に寄ってきた。しかし、スープが冷たい時だけ、ハエはその中に入った。スープが煮えたぎっているときは、その上に飛ぶことは出来ない。


心にも同じようなことが起こる:

愛で燃えている限り、どんな悪い考えも近づくことが出来ない。


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